日記 8/1 東京都感染者数過去最高472名


Mt.Fuji

東京都の新規感染者数が過去最高の472名になった。

やはり感染者が増えてきた。

東京都 新規感染者数472名

今頃検査が必要、検査を増やせと今ごろ声があがっている。 そんなことは3月の時点で言われていた。しかしやらなかった。

だからやっぱり来る時が来たな。という感想しかない。

第2波と言われているが、今まで積極的に検査をしていないので、隠れ感染者からの感染拡大の様子が数字として表れてきたとも言える。

小池東京都知事は、感染者数が過去最高を更新するたびに記者会見を開き、自分の顔の横にパネルを掲げ自粛要望を述べる。しかし、感染を減らすための実行策は言わない、結局現状を憂いてお願いするのみで何もしない。

意図的な無策

コロナウイルス収束に成功している国は積極検査、積極隔離をしている。成功事例があり指摘があるにも関わらず国や東京では行わない。

検査を増やさない。この理由はなんだろう。合理的な理由が全くわからない。 あえてあるとすれば意図的な感染、意図的な人口減くらいか。 本当に不思議に思う。

意図的に行っていないから 意図的な無策 はこのまま継続されるだろう。

増え続ける感染者数。誰が感染しているかわからず過ごす日常。戻らない客足。倒産が連鎖して全体的な不景気に陥る未来しか予想できない。ここには明るい未来を描く要素がない。

融資の先に未来はあるのか

いくつかのコロナ関連のドキュメンタリー映像を見た。 国内とイタリア、ニューヨーク、メキシコなど海外の様子を知る。

日本では地銀の飲食店に対する無利子・無担保融資の様子もあった。

店は続けたい。地銀もそう思う。だから融資を早く申請してなんとか延命する。見ているこちらも続けてほしいと思う。

しかし、今の状況が続けば客足は戻らないだろう。感染者数が増えれば自粛を求められる。客が少ない状態が続くとすれば、はたして減った売上でどのくらい生きられるだろう。

融資は返さないといけないので返済が始まる前に 黒字化&返済額を達成 しないといけない。条件付きの一時的な延命措置であって全てを解決してくれるわけではない。むしろ返済が始まった段階で今より苦しくなってしまう。

延命してもまた足りなくなる。融資なので返済が始まれば減った売上から返済する分を削らないといけない。 ベストは返済不要の給付。

店のオーナーにとっては、目の前のワラにすがりたいだろうから、返済の苦しさは想像できていないだろうけど。それはそれで地獄絵だなとも思う。

病院や救急の様子も見た。現場は相当な逼迫とストレスを抱えている。 感染者が増え続けたら病院のキャパシティやそこで働く医師や看護師のストレスが持つのかどうか。そもそも病院自体の経営も成り立つのかどうか。

最後の砦としての病院を失ってしまったら、どう生きて行けるのだろう。

未来予想図

このままだと廃業が増えて大企業は生き残れるが、街の小売店、飲食店は軒並み潰れる。

新宿、渋谷、六本木など主要駅でも漫画のようなディストピアの景色は現実になりつつある。テナントの半分が閉店している六本木の雑居ビル。 シャッター通りが田舎の話ではなく渋谷、新宿などの主要駅でも起き始める。

飲食店、ファッション、イベントだけにとどまらず、音楽、演劇、スポーツなど文化的なものまで滅びてゆく。 文化的な物に触れる機会がなくなり、日常の楽しみ・生きがいがなくなる。 そんなさもしい生活になり、このままだと本当に地獄絵のような日常になってしまうのではないか。そう危惧してしまう。

  1. 感染者がわからない&減らない中で人が動けば感染数が増える
  2. 感染数が増えれば人の動きを制限する
  3. 人が動かなければ売上があがらない
  4. 店が潰れる

この流れから抜け出せないとなると長期的には経済的ダメージは計りしれず、失われた30年を上塗りするような事象になるだろう。

そもそも、対策をせずに人を動かして経済を回すということは望めないのだ。

すでに負のスパイラルに入っている。

危機の時に本当の姿が見える

今本当にこの国のセーフティーネットはないのだなと思う。

このまま何もしなければ感染者は増え続けていくだろう。

「検査を増やし感染者を早く見つけ隔離して感染が広がらないようにすること」この明確な策がとられない。実行できない。実行しない。

この国はもっと民主的で有能だと思っていたけど、いつの間にかそうなってしまったのか、前からそうだったのかはともかく、その事に気づいてしまった絶望感は大きい。

これを変えていくには、今いるトップや国に関わる仕事をしている人を一掃する必要があるので、長期的なアプローチやハプニングのようなドラスティックな転換が必要なほどに思える。

これは大変だ。

今のところ、近い未来、遠い未来、両方の未来に対してただただ今は恐怖している。