日本時間6/15 10:00から行われた 2014 ワールドカップ Cグループ 日本xコートジボワールの試合分析をしてみたいと思う。
この試合は味の素スタジアムのパブリックビューイングに行って観戦した。無料で設置してくれた調布市の配慮に感謝。
では、思ったことを書いていく。
最初から感じた違和感
立ち上がり前からプレスしなかった
この試合を見ていて一番気になったのがこの点。立ち上がりから試合終了まで継続されていた。
キックオフと同時に前から連動した守備を見せるのかと思いきや、大迫と本田だけ前掛かりに行きその他の選手は引き気味だった。
サイドの香川と岡崎も自陣にいる。中央にぽっかりスペースがありなんともバランスの悪い陣形。プレッシャーが少ないのでコートジボワールは難なくボールを動かして日本陣地まで侵入できていた。
どのようにボールを奪うのか見えづらい感じ。それとも奪う気がないのか。
いつもなら敵陣であろうがボールにプレッシャーに行って敵陣で奪ってそのままショートカウンターだが、明らかに違っていた。
考えられる原因
二通りあると思っていて、1つは戦術、つまり意図的なものだった。2つ目はメンタル、気持ちがじゃまして行けなかった。
1. 戦術
「自分たちのスタイルを貫く」と公言しているが、それは「相手のことは研究しない」と同意ではない。
初戦の大切さを認識しているならばコートジボワール対策は何がしか持っていただろう。
それが守備の時は持たせてゴール前を固めることだったとしたら理解しやすい。
自陣半分くらいは持たせておいて、ゴール前を固める。フィジカルを生かされて侵入されるような決定的なシーンを作らせない。遠目から打たせて外れてくれるのを願うということだったのかもしれない。
実際、前半コートジボワールは遠目からのシュートを何本も打っては外してくれたし、サイドを突破されても一人目が抜かれても二人目が行って何とか防いでいた。 この様子は思惑通りに防げたのかもしれない。
2. メンタル
ワールドカップ初戦という重圧。
得てして日本の良い時のサッカーが出来ない時は結構な頻度で起こっていた。
前から勇気を持ってプレスにいけない。最終ラインが低めで後ろに重心が行ってしまう。
本当はボールを奪いたかったが重圧で前に行けずに結果的に本来は自分たちがボールを保持したかったが、持たれてしまった。
選手たちの試合後のコメントより、「奪いどころがなかった」「もっとラインを高くしたほうが良かったのかも」のような発言もあり、行きたかったけど行けなかったと捉えることもできそう。
でやっぱり戦術ではないかと
「自分たちのスタイルを貫く」と記者会見の場では言っても、ザックはコートジボワールに対していくつかの策を持っていたに違いないと思う。
素直に展開するのでは相手にわかりやすすぎるし、無策では勝てない相手なことはわかっている。
フィジカルを活かされるとパワースピードで負けるから、高い位置で行っても負けてしまうだろうと、そいうしたらゴール前に密集を作り複数で守りやすくするってのが理解しやすい。
前線からの守備は連動してタイミングがハマればボールは取れるが、基本マンツーマン的にボールを奪いに行くので、1対1で勝負しても圧倒的なフィジカルの差でまず奪えないだろうと踏んだのかも。
メンタルはそこまで弱いと思えないし、本当にメンタルが原因でプレッシングできなかったとしたら、選手として本当に未熟なのでワールドカップで勝つことなんてできない。もしくは相当チーム内での盛り上がりが作れていない危険な状況なのではと思う。
ゴール前を固めながら自分たちのボールになった時にはいつものパスサッカーで崩していく。 ただ気になるのは、相手に持たせて回されてしまうと体力的にきつくなって。自陣深くからの距離のあるカウンターは成り立ちにくくなる。そこは遅攻で取るというイメージだったのだろうか。 実際、後半は体力がきつくて最後のスプリントができなかった。
体力は削りながらもパスサッカーで得点はできると踏んでいたのだろうか。
1点先行したがあのままでは勝てない
早目の時間に本田の素晴らしい技術による1点があったけど、あれもセットプレーから得点。
それまでの攻めが良かったわけでもなく、1回のセットプレーで得点できたというだけ。 得点取れたことは良かったが、残り時間もまだ十分にあり日本のパスが展開できない、相手のほうがボールを保持して攻めれている。という状況が続くならいつかは得点されるだろうと思っていた。
前半はパスがつながらず、「ミス、相手ボール、速攻、シュート、外れてくれる」の繰り返しで、得点で改善されるかと思ったが、パスミスは減らなかった。
データで見る
全てのデータで上回れず
HUFF POSTのデータを見ると、支配率、シュート、クロスのすべての数字でコートジボワールが上回った。
日本らしいサッカーであれば相手にボールを持たせるディフェンスをしたとしても、ポゼッションは50%にはなっていたかったと思う。
後半逆転されての負けではあるが、データで見るとコートジボワールの完勝だったことが分かる。
機能しなかったパスサッカー
パス成功率で見るとコートジボワールの高さが際立つ。
逆に日本の選手のパス成功率は低い。 特にCB吉田の縦パスが相手に渡るシーンが印象的だったが、吉田のパス成功率は73%。森重96%、コートジボワールのCB Zokora92%、Bamba90%なのでいかに低いかが分かる。 攻撃のスイッチを入れることさえできない状況は得点の可能性はない。
パスサッカーで得点する時にパスは生命線。これだけパスミスが多ければ得点の可能性はなくなる。
戦術
コートジボワールの戦術
日本はフィジカルを活かしてボールを放り込んできたり、強引に突破をしてくると思ったのでゴール前を固めた。
一方、コートジボワールはそう来るであろう日本の裏をかいて、割りとボールをしっかり回して揺さぶってきた。
後半は日本の左サイドがあがったスペースがウィークポインになることに気づき、ドログバを投入して日本の左サイドを起点として展開で2点を奪った。この2得点の時間帯の前辺りから日本の左サイドにコートジボワールの選手がポジションの比重を置いていることが分かる。ドログバも中央ではなく左よりにポジションをして組み立てていた。
日本の戦術がことごとく外れる
前線からのプレスをやめてのゴール前を固める守備は逆に日本の良さをも消してしまった。
長谷部は前半までしかプレイできない状態なので、遠藤投入は必然だった。それによってボール保持率を高めて試合を支配したいというのはゲーム前からのプランだったはず。実際は遠藤投入後若干パスはつながったが相手に取られるシーンは減らず、ドログバ投入で一気に持って行かれて2得点。狙ったこととは反対の現象が起きてしまった。
後半交代は実に不思議な感じがした。ほとんど今まで見ることのなかった本田ワントップ、香川トップ下の構成はすぐに元に戻している。また今までほとんど交代のなかった香川を柿谷に代える。
狙ったことがその通りに行かない、その場の判断が付け焼刃的になる。もしかしたら、ザックの初めてのワールドカップという経験の低さがアダになっているのかもしれない。
コートジボワールの巧みさ
特にドログバ投入後のコートジボワールは実にうまかったし強かったと思う。単純なフィジカルを活かすプレイではなく、パスサッカーを得意とする日本を逆に揺さぶっていた。
バイタルエリアでのワンタッチパスでサイドに展開。 数的有利からの狙いすました早いクロス、それに合わせてゴール。 同じパターンでもう一点。
強さだけでなく、巧さと早さも兼ね備えた良いチームに思えた。これが強さなのだろう。
ジョルビーニョの縦への突破は確かに驚異的で怖いが、彼はそれ以外もできることを2点目のシーンが示している。
バイタルエリアでパスを出すとペナルティーエリア内に向かう、ボールは戻りきれていない日本の左サイドにわたる。ゴール前で最初はディフェンスに付かれたがクロスが上る前にディフェンスがボールウォッチャーになっている隙にファー側へ1m程離れてボールを受けるスペースを作り出した。と同時に早いクロスが来てヘッドで角度を変えてニアへ決めた。
早いテンポで早いクロス、ディフェンスが後手後手に回りながら追いつけずにゴールする。ニアに決まったのも予想よりも早いタイミングで打って来たのでGKも対応しきれなかったのだろう。
この一連のジョルビーニョの動きは本当に質が高く、連携で点を取るための効果的な動きをしていた。 個人の突破だけでないそういう動きや対応もできるところが、世界のトップでやっている選手なのだろう。
勝敗を分けたもの
この試合の勝因はコートジボワールの日本対策の緻密な戦術だったと思う。
日本のパスミスがこれほど起きてしまったアクシデントだったが、コートジボワールの監督が建てた戦術がしっかりはまって逆転勝利を得たと言える。
予想されるギリシャ戦の戦術
コートジボワール戦は相手に合わせた戦術を採用したが、うまく機能しなかったばかりかいつも通り行って欲しかった攻めの部分まで悪影響が出てしまった。
ギリシャ戦では本来のやりやすいサッカーを志すのだろう。コートジボワール戦の教訓より自分たちはディフェンシブに行こうとするとオフィエンスの強みまで殺してしまうことがはっきりしたので、いつも通りのサッカーを貫くのだろう。
前からのプレスでディフェンスラインを高く保ちコンパクトに。パスを繋ぎ多彩な攻めを試みる。
ギリシャが引いて守れば願ったりかなったりだろう。 逆にハイプレッシャーで飛ばしてくると、あっさりカウンターで2点くらいは奪われて終わってしまうかもしれない。
金曜日のギリシャ戦が予選突破の可能性を高められるかどうかなので、どうなるか見ものだ。