Google、仮想空間「Lively」の終了を発表 12/31で閉鎖へ という記事を見てその決断の早さにちょっと驚いたが、最終的には Google がこの決断をしてよかったと安心している自分がいた。
Google が Lively をリリースした時は同じような3D仮想空間サービスが次々と生まれて Google もその波に遅れずに乗ってきた。しかし、自分は Google がこのサービスを手がけることにかなりの違和感を持った。
そのときの違和感はなんだったのかも含め考えてみた。
Google の提供しているサービスに対して以下のような印象を持っている。
- Google はコンテンツ自身は提供しない
- サービスはあくまでプラットフォームであって、その上でユーザが利用/活用してデータが蓄積される
- 活動領域は無限で自由に使うことが保障されている
- ユーザは自由で広大なサービスプラットフォーム上でますます活動するようになる
この自由の部分はユーザにコンテンツ部分を任せる完全にオープンなスタンスがあり、ユーザもその自由なフィールドを感じてより活発にサービスを利用する。
そういう意味では Lively はオープンなスタンスを持ってないサービスだったと思う。まず、ユーザができることが限られていた。アバター、部屋、アイテムは用意されているものから選ぶ、若干カスタマイズはできるもののその自由というには非常に狭いカスタマイズにとどまっていた。また、この世界の中で行えることは非常に少なかった。アバターを歩かせて、他のアバターをテキストチャットを行うだけ。移動はワープはできるがその場所を把握するのに歩き回って誰かいないか様子を見て、、、と非常に時間がかかる。効率的に進める工夫もなく非常に機能は限定的。
ユーザが無限に活動できるサービスプラットフォームとはほど遠い。Google 自身がコンテンツを用意する立場になっていたサービスであった時点で、基本スタンスから外れていたのではないかと思う。そういう意味ではアバターのデザインからユーザのお絵かきしたキャラクターを選択できる はてなワールド のほうがよっぽど自由度が高いと思う。
一つ可能性があるとすれば、ユーザ間のコミュニケーションによって生まれる価値がサービスそのものの価値につながって活性化されるようになることだったが、オープンスタンスを貫いていないサービスではその可能性もなくなったということだと思う。
Lively に限らず既存の3D仮想空間サービスはどれもオープンなスタンスが足りない。ユーザへの自由度が非常に少ないと思う。まだまだwebのオープンなスタンスには程遠い。ゲームと異なるネットサービスとしての成長を狙うのであれば、アバターのデザイン、創造物、提供機能などをユーザにゆだね、サービスプラットフォームに徹すること。ゆだねるための仕組み作り、情報発信と情報のキャッチを日常化しなくてはこの新しいジャンルが活性化していくことはないのではないかと思っている。