42歳になりました


Birthday

42歳になりました。

毎年誕生日が来て思うのは、「子どもの頃の今の歳のイメージってどんなんだっけ?」ということ。

子どもの頃の時代と現代はだいぶ違っているので、イメージとの差分があるのは当然なのだけど、毎年そう考えるのはなんでだろう?

なにか自分の歩み方を再チェックするというか、今の自分は子どもの頃のイメージとはだいぶ違うけど、まぁそれも良しと自己肯定したいのかもしれない。

子どもの頃のイメージは42歳というとすっかりおじさん。どこかの大企業に勤めて役職についているかなくらいのイメージ。

ベンチャーやスタートアップという単語がなかった時代だし、「良い大学に入って、大企業に就職して終身雇用」というのが唯一の目指すべきレール。みたいな感じだった。

それが今はどうだろう。多様性、サイズが小さくても十分生きていける、学歴だけで判断されることはもうなくなった。

この価値観の違いというか結構大きな時代の変化があったことを実感する。

今は本当にやりたいことに対してやっていると思う。この年齢になってようやく吹っ切れたという思いがある。

先入観で自分を制することもなくなったし、我慢をすることがなくなった。これは本当に大きくここ数年でようやく自覚できたこと。

成し遂げたいことを大きく描き、それを強く願いながら実現に向けて日々行動する。すごくシンプルなことなのだけど、一般的に社会に出るというと現代でもまだまだ我慢や忍耐を強いることが多い気がする。これらから解放された立ち位置にいれることは本当に良かったと思う。

!お金のために働く

最近気づいたこととしては、「お金のために働く」と意識してしまうとかなりの制約ができ、我慢することを強いられる。

お金を得るためにやりたくないことをやる。我慢・忍耐を強いられる。 思考が小さくなりやすい。自分の主張を自分で制限する。自分の意志に反して行動する。

「お金のために働く」ではなく「自分のやりたいことのために働く」に変えると視点が変わる。

やりたいことをやる

自分が社会に何を与えたいのか、自分の人生をかけて何をやりたいのか。成し遂げた大きな絵を描く。

成し遂げたいことを伝えて、それが魅力的ならば素晴らしい人たちと一緒にチャレンジできる。 1人では1人分でしかやれることを考えがちで小さいコスト、小さな発想になりがち。大きく魅力的な絵は描きにくい。

Players1st は1人ではなくチームを作って、「スポーツを支える力になって社会を平和でより良いものにしたい」と描いたところから始まっている。

結局は目指していることが魅力的であれば共感が得られて力を貸してくれる人たちが現れてくれる。

ようやくこの歳にして気づくことができた。今までの学歴社会・横並び社会からの解放と言っても言い過ぎではないかもしれない。

残された時間

自分にとってリスクを取って大きなチャレンジをする時間は残念ながらそれほと長くないだろう。やれてもあと10年未満だと思っている。

40代は人生の折り返し地点と誰かが言っていたが、リスクを取って走り結果を出すにはもう時間がない。焦りもある。

今やれていることの貴重さ・面白さをしっかり味わいながら過ごしていきたい。

そんなことを思った誕生日の夜でした。