ひらめき脳 – 茂木健一郎


やっぱり世の中にないサービスを作るには創造性が必要だと思っていて、それをどうやって意識的に身につけられるか考えた。 自分の育ってきた環境では学校教育は知識の詰め込みだったし、おとなしい子が良しとされる時代だったので、創造性を発揮する術や考え方が不足している気がしていて、意識的に学ぼうと思って買った。

著者の茂木健一郎氏の既存の知識詰め込み教育への批判的主張も共感するとこがあって、その主張の背景なども知りたかった。

ひらめき脳 (新潮新書)

概要

この本は人間の「ひらめき」について解説している。いわゆる「アハ体験」が起きるようなひらめきはどうやって生まれるのかという科学的解説と脳科学の研究結果から人間の生き方の傾向にまで触れている。

刺さった部分の抜粋

まずはひらめきが現代ほど必要に迫られているという主張の背景からで、これは独立して一人で会社をやっている自分にも同じように感じている部分。

インターネットで世界が結びついたということは、新しいアイデア、ひらめきが一瞬で伝搬する環境が形成されたということであり、またひとりひとりの人間がユニークな存在にならなければならないという時代でもあります。

全くその通り、ひとりでも大きな影響を与えられる可能性がすでにあって、自分の場合もユニークな存在になるべく振舞っている。

そして今までの知識詰め込み型の学習は脳の本質的な特徴にそぐわないという説明部分。

「学習」とは、外の情報をそのまま取り入れることではありません。どんな学習でも能動的に気づく、つまりひらめくというプロセスを経ないと定着しません。詰め込み教育がダメな理由はそこです。自分で「気づく」「ひらめく」というプロセスを通した方が、効率もよく創造性の高いものになるのです。

勉強がなにか記憶力の勝負のように思えて違和感を感じていた高校時代のあの感じが、今ここでやっと納得できた。

自分の気付き

単にタスクを消化することを追っていてはひらめきは生まれない。

これはサービスづくりにフルコミットしてから気づいたことだけど、タスクを決めてそれがどんどん処理しても、本当にサービスを使ってくれるのかとか、どんな展開の仕方が良いのかとか、すぐに答えの出ないような重要な問いは残ったままだったということ。 重要な問いを考え続けてあるときひらめくことを期待して過ごす必要を感じた。

だから、たくさん働けはNGでかしこく働けが推奨されるのは納得できる。ひらめきを生むために散歩をしたり運動したり、タスク処理をしない時間を意図的に作る必用がある。

一見仕事をしていないような時間の過ごし方だけど、ここらへんはサラリーマン的発想では難しい部分。 逆に古くからある大企業サラリーマンは創造性が求められにくい立場だから、なかなか口惜しいのでは。

自分の場合はサラリーマンを辞めて1人ですべてを背負って生きていく環境にある。脳にとって健全な環境を自分で設けることができるのは、ある意味幸せなことなのかもしれない。 もうサラリーマンに戻ることはないと思っている理由は、この創造性を拒否されてしまうことへの懸念なのだろう。