シリコンバレーで起業しました。本当のチャレンジの始まり


サンフランシスコ滞在中の3/22に、id:keikubo とアメリカで起業しました。

2009年2月よりShakeSoulという自分の会社を作ってやってきましたが、ひとまず開店休業状態にして、今回作った会社でシリコンバレーベンチャーとして、今後すべての時間を使っていくつもりです。

シリコンバレーベンチャーとしてどこまで行けるか、成功/失敗はっきりするところまで、やれるところまでやってみるつもりです。

今回シリコンバレーに挑戦する事を決めたのには去年からの流れがある。

昨年に自分の会社を作った目的は、やりたい分野でやりたいレベルの仕事をやって食べていけるかの実験をするためだった。やってみた結果、顧客を開拓するところから始めてある程度売上を得られたので、この実験は成功したと思っています。

次のステップとして2010年はどうしていこうか考えていた時にやはり、本当にやりたい事だけをやっていく段階に入りたいと思った。

今までは主に受託の形態で、ある特定の顧客向けにシステムを構築したり何らかの付加価値を与えていくが、これは特定の顧客への依存度が大きく自分の思い描くものは実現できないです。

この依存度をまったくなくした状態が本当に自分のやりたい事になるはずで、外部要因に左右されずにネットサービスを作り拡大することだけに邁進することこそが、自分としての最終的な理想の段階だと思っていました。具体的にはやはり、id:keikubo とアイデアを固めてきていたサービスをベンチャーとして提供し、Exit目指すことだと思いました。そして、今回シリコンバレーベンチャーとしてチャレンジするスタートを切りました。

自分の想定よりもだいぶ早いのですが、今回の起業はまるで何かに誘われているかのように偶然や幸運によって実現できたと思っています。

ちょうど1年前にJTPA主催のシリコンバレーカンファレンスに参加して、またこの地に来てベンチャーとして勝負できたらいいなぁと漠然に思っていたけれども、まだ自分の会社を作って実績が作れていなかったし、まずは1年後くらいからシリコンバレーとの関わりを徐々に作っていければいいかなぁくらいのゆるい希望を描いていたくらいでした。

id:keikubo に梅田望夫さんオフィス訪問で同じグループになっていなかったら、サービスのアイデアを交流することもなかったし、彼と一緒にやろうと決めることもなかっただろう。彼がいなかったらそもそも会社の登記すらできなかった。(起業の仕方はWebページから終わらせることが出来ていたって簡単だけれども、Social Security Number が必要だったりと、住んでもいない日本人がいきなりアメリカに会社を作るのは難しい。)

自分にはビザの問題が大きくあり、1月に self employ に対して H-1B を発行するのは NG という方針が出たこともあり、日本からシリコンバレーベンチャーを目指す環境はますます厳しくなってしまっている。それ以外にも英語、プログラミングなどなどたくさん補わなくてはいけない部分は多いと実感する。

今まで転職を重ねながらステップアップして、会社を作ってと幾つかの節目でチャレンジをしてきたけれども、今回のチャレンジは今までで一番大きくリスクも高いものになるだろう。まったく新しいステージで新しい振舞い方が求められると思っている。

この大きなチャレンジによってひとついい結果が出せればいいと思うし、この新しいステージでの経験が自分を豊かに大きくしてくれればと思っている。