「自分が何ものか」をもっと語っていい


あるパネルディスカッションを聞いた時にどうも面白くないと思った。話している人たちは知識も豊富で、それなりな地位の人たちらしいが、どの人が話す中身にも興味をそそられない。

話しているテーマは決して古くなく、先端的でチャレンジングであるのだが、なぜ自分がそこまではっきり思ったのか、もう少し具体的に理由を明確にしたいと思った。

少し考えてみていくつか理由を見つけてみた。

個人が見えない
事情の説明が多く、その人自身が何を実践して、何をつかんできたかが分からなかった
チャレンジしていない
チャレンジングなことをしているのに小さな視点で難しいですね。みたいな結論になっていた。もっと大きな夢を実現しようといているのに、その夢に邁進する意義があまり見えていないようだった
組織を主体にしている
組織は個人の集まりなのに、組織に主体があるような言い回しをして人としての主体性がぼやけていた
客観的視点の説明が多い
事例の説明だけはどうでもいい。その上でその人が何をしたのかが大事なはず
優等生過ぎる発言
良く言えば無難、悪く言えば何も生み出せない
日本inside
ワールドワイドな視点が薄い。海の向こう側で起きていることにもっと焦っていいはずなのに、事情が自分の身に受け入れられていない
Open への信頼が足りない
Open になることを未だに信頼し切っていない

これらの理由から、自分が何を求めているのかもう少し考えてみた。

人の話を聞く時に気にしていたのは、「その人自身がどんな経験をして、それを通じてどんな考え方を主張するか。」だけかと思う。

その人自身にフォーカスすることが重要で、地位や組織というのはほとんど意味がなくなる。結局組織と言っても人の集まりなのだから、その人が何を思うかに依存すると割り切っている。

客観性を持つのはある程度重要だが、情報の収集は Google がやってくれるので、状況報告だけを話すというのは全く価値がなくなるし、それに時間を割くのは全くのナンセンスだと思っている。

昔は自分も学生時代には優等生発言をまねて振る舞うことが良しとされていたので、昔であればその発言を聞けたかもしれない。でも、時代は変わり考え方も大きく変わった今思うのは、その人自身の経験、主張がちゃんと伝えられることだけで良いと思っている。

自分の考え方は大きく変わった。自分の会社をやるようになってますますこの主体性へのフォーカスと実績主義の傾向は強まっていると自覚する。

何をしてきたか、何を生み出せるのか。はっきり自分を語ることを当たり前のようにしたい。