「ネットは怖い」といっちゃあおしめーよ。では?


溜まったRSSを見つつ、気になった記事を読む。森公美子には興味がないが、iPhoneに対してどんな主張をするのか知りたくてブログのようなサイトを眺める。

なるほど、これは昔の家電を買いに行くような感覚のままなのだろうなと思った。ただ、このスタンスは人に依存しすぎて相対的に足を引っ張ることになるので、数年後には仕事の場面だと相手にされなくなって淘汰されてしまうだろうし、現にネット業界(SIではない)では始まっていることだよなと思い、未来型の仕事のスタイルを軽く模索してしまったりした。

そんなことよりもある日の最後の方で書いてあった「ネットは怖い」という部分には非常に引っかかった。

まだブログがなくまず見るサイトは Yahoo!JAPAN でした。という時代にはネット上での犯罪の可能性が認知され始めだったりして、その危険性から「ネットは怖い」といわれていたかと思う。

しかし、今はブログで個人が発信してそれに対してフィードバックされる環境がある。ネットといっても人対人のコミュニケーションがそこではされている。このケースもそうで、そこで「ネットが怖い」といってしまったら人とコミュニケーションすることをそもそもネガティブに捕らえているので、何もできなくなってしまうのではと思う。それならばネットで何かをすることもしなくていいのではと思った。

確かに自分の意見をオープンにすることはどんな反応があるか分からないリスクはある。最初のうちはそのリスクが重く感じて怖がってしまうときもる。ただ、そのリスクがあったとしても読んだ人がブックマークやスターを付けてくれたらそれは何らか響くものがあったんだと分かる。他人のフィードバックがあって初めて自分の意見が正しいのかが分かる。教えてくれるといったほうが感覚的に近いか。

これが面白さであって、またいろんな人たちがいろんな場面で行っていてお互いにフィードバックしあっている。だから、ネットでの自分の意見も謙虚にさせてくれる。この面白さを感じているからこれからもネットの中で主張することは止めないだろう。